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2015年6月までの活動報告

活動報告

■6月28日 福岡市での裁判員インカフェに参加して来ました 甲南大学准教授のあの笹倉さんの紹介で、実際に裁判員を経験された方々が裁判員裁判について語る集まりに参加してきました。参加人数は10名ちょっとでテーブルを囲んでの親密な集まりでした。その体験談の中から一番印象的に浮かび上がってきたのは、守秘義務の問題です。その場でも守秘義務の関係でなかなか率直に意見や、感想が出せない点が伺われ、もどかしい感じが話し手にも聞き手にもありました。また、裁判員として、裁判に参加する市民をどう守り、どう生かすのかという問題と、裁判そのものの中でそれがどう影響し何に気を付け改善されなければいけないのか、という問題の両方があるのだとも感じました。私たちオークスとしては後者の方に力点があっての参加だったので、その点はかなり、心残りがありました。今後全国的に裁判員を経験された方々の声をまとめていって、その声を司法の場に生かして欲しいとかんじました。今後の展開に期待したいところです。 交流会にも参加させていただいて、貴重な意見もいただきました。有難うございました。

■6月23日 中津市山国町で報告研修会 中津市耶馬溪町の友人夫婦(お寺さん)のセッティングで、真宗大谷派耶馬溪解放研修という研修会に参加させてもらい、そこで章寛さんのこと、オークスの活動等を話させてもらいました。テーマとしての題名は「社会問題を機縁として興る真宗〜死刑制度が問いかける課題〜」というなかなか畏れ多いような題名でした。(笑) オークスから岸本、荒牧2名で行きました。最初の30分VTR(mrtの30分版)、それから30分でざっと支える会の歩み、現在の章寛さんの様子、心境等報告しました。休憩があって、助言者さんから、真宗大谷派の死刑制度に対する考え(死刑制度反対、廃止を目指す)の説明があり、その後座談会という形でした。話慣れてないので時間はオーバーするし、内容は伝えきれないし、全く冷や汗ものでした。それでも進行役(友人)や助言者さんのおかげで座談会ではいろんな意見がでて、こちらが勉強させてもらいました。一般的には80パーセントの国民が死刑存置という現状なので、さもありなんという意見が多かったのですが、(例えば、極悪人でも死刑じゃないのか?とか、この事件のことだけでは死刑制度全体は語れないとか)そういう人たちに、もう一度考えてもらうためにはどう話さなければならいのか、自分自身何が伝えたいのか、よく整理しておく必要を痛感しました。全く初めてのところで、初めての人に伝えるというのは難しいですね。でもとてもいい経験をさせてもらいました。感謝。

■6月21日 奥本さん宅で、バーベキュー懇親会やりました。  昨年の暮れの押しかけ忘年会以来の、奥本家と支える会メンバーの懇親会でした。浩幸さんがPM3:00ころから準備を始めていてくれたのに、ほぼ全員が揃ったのは5:00頃で随分お待たせしてしまいました。また一応割り勘でしたが和代さん、おばあちゃんがはりきっていろんな食材を用意してくれました。申し訳ない。  食べて、飲んで落ち着いて来てからはそれぞれのメンバーの高校時代と挫折体験というはなしになってとてもおもしろく、(私に能力があれば短編小説にしたいくらい)、なるほどこの人の今はここから始まるのかと妙に納得出来る話ばかりでした。それだけ、みんな率直に話してくれたということだし、それぞれの挫折体験を章寛さんに少しずつ伝えたいなとも思いました。章寛さんのことを頭の隅で意識しながら、少しでも支援につながる何かを見つけたい、そんな思いが多分みんなのなかにあって、楽しくもあり、寂しくもある、それでもとても素敵な夜でした。章寛さんのおかげです。 有難う。そして、自分達だけ申し訳ない。

■6月19日 宝寿寺で第3回くるま座 座談会。久し振りに黒原さんを迎えて  夜7:30分から宝寿寺に15名程が集まりました。その日章寛さんの面会に行ってからこちらに来る予定だった黒原弁護士でしたが、仕事が忙しく面会には間に合わなかったそうで、申し訳なさそうに入って来ました。その代わりと言ってはなんですが、くるま座では久しぶりに黒原節とでもいうような熱のこもった話をしてくれました。6月14日の東京報告から、現在の死刑制度の世界的動き、再審請求の意味と内容。それに呼応して、各参加者からもいろいろ質問が出てとても活発なくるま座になりました。  一番の焦点はやはり再審の時期と内容について。まだここでは具体的なことは言えませんが、どんなに可能性が小さくともあきらめず、事件の本質にせまれる再審請求にしていく決意と覚悟が確認できた夜でした PS,そうそう、その晩は北九州からわざわざSさんが来て下さいました。その方は報道の魂で章寛さんのドキュメントを観て、オークスに連絡をくださり会員になってくれた方です。連絡もなく突然だったので、びっくりするやら感激するやら。その方の存在もあって盛り上がったくるま座でした。

■6月14日 修復的司法全国交流会にて、オークスの活動について報告してきました。 東京、早稲田大学の一室に約80名程の方が参加しての集まりでした。集会のタイトルからも解るように一般的な集会ではなく、どちらかというと学者さん、研究者の方が多くてかなりアカデミックな雰囲気でした。ということもあって黒原さんともども少し緊張しましたが、なんとか与えられた時間内で事件のこと、支える会の活動、とくに被害者遺族Mさんとの関わり、交流等に力点を置いて報告してきました。後からの懇親会も含めて、何名かの方とは少し突っ込んで話すことも出来ましたし、今後の支援活動への協力を申し出て下さる方もいて、参加して良かったと感じました。ただ、今回の集まりはどちらかというと被害者、加害者の関係をどう修復するか、あるいはコミュニケーションの仕方の研究的側面が強いのに対し、私たちの活動は具体的支援であり、その内容や考え方、方向性など深めていかなければならない課題が多い、そのことを深めていくにはここからどう生かしていけるかだなと感じました。特に被害者側からの視点ということでは改めて考えさせられることの多い集会でもありました。今回知り合うことの出来た方たちの積み上げてきた、知識や経験を勉強させてもらいながら具体的支援に生かしていきたいということと、その支援は何のためにやるのかという自分自身の認識をさらに深めたい、というのが個人的感想です。本当の詳しい内容はまた、くるま座などでご報告します。  それにしても都会での2日間。昔は早稲田界隈や、新宿など、ほっつき歩いていたのにもう駄目ですね。人の波が怖いくらいに感じて、とても疲れた2日間でした。家に帰って畑に行って「あー、やっぱり田舎はいいな」と改めて感じました。完全に田舎のおじさんです。

■6月11日 奥本家のご両親と祖母良子さんが章寛さんとの面会に行きました 良子さんは事件後初めての面会でした。最初のうちはやはり涙ぐんでしまってなかなか言葉にならなかったようですが、後半はとぎれとぎれ最後に会ったときのことなどを話したそうです。その合間をご両親がつなぐような形だったとか。章寛さんは前もっておばあちゃんの面会を知っていたので、少し心構えができていたらしく、終始笑顔でいたそうです。ちょうどこの時の様子を電話で確認しようとしていた時、荒牧のところに章寛さんからの手紙が届きましたので(重複するところもあるので)、詳しくは今日の章寛さんコーナーでお伝えします。

■5月31日 オークス通信『共命鳥』完成、創刊号発送開始 章寛さんと社会を繋ぐために是非発行したいと考えていた通信が、ようやくできました。内容的にはまだ全然物足りないものですが、これから、章寛さん自身の日記や手紙、思いなどを掲載して充実したものとなるよう(本人の承諾、ご家族の了解等とりながら)がんばっていきます。原稿依頼等みなさんへのお願いごともあるかもしれません。よろしくお願いいたします。ちなみに共命鳥は(ぐみょうちょう)と読みます。仏説阿弥陀経の中に出てくる鳥の名前です。意味は、・・・創刊号のなかで触れてありますので、読んで下さい。名付け親は矢鳴哲雄さんです。

■5月26日、27日オークスメンバー4名で宮崎に行って来ました 行って来たのは、岸本、塩田、櫻井、荒牧の4名。目的は被害者遺族Mさんに会って、現在の状況や気持ちを確認し、今後の支援の在り方をオークスとして共有することにありました。荒牧以外の女性メンバーはMさんにとっては近所のおばちゃん的関係が出来つつあるので、日頃聞けない本音やニュアンスを感じ取ってもらいたいというのが主な狙いで今回のメンバー構成になりました。どこまでせまれたかは定かではありませんが、ゆっくり食事をしたり、お酒を飲みながら和やかに話す事ができました。又現在も苦境にある彼の生活面に関しても、まずは保険証を確保すること、そのために岸本の知り合いの宮崎市の議員さんを紹介し、一緒に市役所まで同行してもらう手筈まで整えて来ることができました。なかなか、すぐに前へというわけにはいかない面が多々ありますが、まずは一歩一歩というかんじです。  黒原弁護士にも会って、今後の方針など話し合うことが出来ました。相変わらず黒原さんは忙しく飛び回っているので、彼の仕事の合間、合間に3回に分けての会談でしたが、6月の19日には黒原さんが福岡拘置所での章寛君との面会後、求菩提に来てくれて第3回くるま座にも参加してくれることになりました。 これまで、荒牧が単独で宮崎を訪れることが多くなかなか他のメンバーに宮崎の空気感が伝わりにくい面がありましたが、一緒に行ったことできっと、今後の活動がスムーズに進むことと期待します。

■5月22日、くるま座座談会第2回を吉冨町ゆるりで行いました。 「つくしんぼ保育所」のすぐ横に、岸本さんの自宅を改装してNPO法人輪つなぎさんの事務所、作業場として‘ゆるり‘がオープンしました。今後はくるま座を求菩提と交互に開催していきますが、中津方面の方のためにも距離的に近い‘ゆるり‘を交流場所として使わせていただけることになりました。有難うございます。  さて、第2回のくるま座は「章寛さんの処遇改善のために何ができるのか?」をテーマに講師役として梶原さんに来ていただいて話し合いました。  とにかく、現状を整理してみると、面会可能なのが、弁護士と、章寛さん家族5名のみ、手紙のやりとりが許可されているのが、荒牧と宮崎市在住の幼馴染A子さんの2名。切手と現金の差し入れに関しては中津市在住のKさんのところに章寛さんからお礼の返信が来た。それは、誰でも可能であるらしい、ということです。手紙を書いて、切手の差し入れを同封する。手紙は届かなくても拘置所側へのアピールも含めて意味があるようです。また、弁護士さんといえども、ただ拘置所に送っただけでは章寛さんのところまで届かないこともあるようです。(実際、福岡のたんぽぽの会の人たちの寄せ書きや、続青空などは届いていません。) また、交流が限られ、章寛さんの状況、情報が少ないので、両親の面会時や、黒原さんの面会を最大限活用させていただきたい。つまり、面会のスケジュールをあらかじめ確認して、託せる物は託し、情報は出来るだけフィードバックしてもらう。(もちろん貴重な面会時間なので、それぞれ負担にならない範囲で)。仲介役は荒牧が行いますので、皆さん何かありましたら、ご連絡下さい。  宮崎市在住A子さんのように、事件以前からの知り合いの方は手紙や、面会の可能性すら高いということでもあるらしいので是非色々試してみてください。

■5月8日、黒原弁護士が福岡拘置所に面会に行ったようです。 まだ連絡はありませんが、その後西日本新聞の記者さんと会って話をしたそうです。その記者さんからの連絡によると、章寛さんはかなり元気を回復してきていると、黒原さんが言っていたそうです。(ややこしくてすみません。)  その頃事務局は、中津市で臨時会議みたいなことをある喫茶店でやって、5月22日の第2回くるま座座談会をPM3時からつくしんぼ保育所横の改装なった、岸本さんのお宅(正式にはNPO法人わつなぎさん)を借りて開催することを決めました。もう一つは今日集まったメンバーで5月26、27日宮崎を訪れ、Mさんと会ってゆっくり話をしてこようということも決めました。みなさん忙しいみたいですが、なんとか都合をつけてくれました。  全然関係ないですが、今日初めて行った喫茶店、なかなか洒落てて、隠れ家みたいな雰囲気もあってよかったです。 中津市の駅にも近いので、今度ご案内したいです。

■4月30日 章寛さんから久々の手紙  昨晩の会議の様子を誰かがどこかで聞いていてくれたのか、章寛さんからの手紙が届きました。内容は以前の明るさ、前向きさがやや欠けるような気もしましたが、近況、続青空の到着を待っていること、事件の捉え返しについてなど、色々と書かれていました。  なにはともあれ、手紙を書いてくれたことがとても嬉しかったです。私もこ難しいことばかりでなく絵葉書等で、日常を伝えたり、章寛さんの好きな相撲の事など少しでも和むものを一週間に一通程度は書いて出すように心がけます。

■4月29日求菩提宝寿寺でオークス主催第一回くるま座座談会を開催しました テーマはしつこく「罪を償うとは?」 でしたが、緊急で現在の章寛さんの状況や、Mさんと会って、話してきたことなど荒牧の宮崎報告が大半の時間を  占めてしまいました。現在章寛さんがピンチであること。なんとかして処遇を改善していく、特に外部交通の面会、手紙、差し入れなどをどういうふうに考えそれぞれがやっていくか、つっこんで話し合いました。  次回までに、今出来ることを整理し、少しづつでも改善していくために何をするか、もう一度話し合います。  残りの時間で罪と罰、償いと赦しにつて語り会いました。章寛さんに生きて償っていって欲しいというのは皆同じですが、「死刑」制度そのもについても各自意見、感覚の違いがあり、結論めいたものにはいたりませんでした。  当然といえば当然のことですが、宗教的な見地や、哲学的意見、さらにこの事件に限ってはという意見等議論は活発でした。ここに狙いがあるというと偉そうですが、こうした議論の積み上げこそが、大事なのだとあらためてかんじました。次回はつくしんぼで、5月22日ころを予定しています。

■4月17日〜19日 事務局荒牧が宮崎へ行ってきました。  3月14日の集会後、年度末、環境の変化等重なって何もできないまま、1か月が経過してしまいました。申し訳ありません。  これからの活動方針を固めるため、黒原さんとの打ち合わせ、被害者家族Mさんとの面談、事件の詳細の洗い直しのための資料の見直し等を兼ねて、事務局荒牧が3日間宮崎に行ってきました。一日目、到着後すぐに裁判記録の見直しを始め、部屋にこもっていたため、目が霞み頭が朦朧とする状態でした。二日目も資料の読み込みを続ける合間に、宮崎駅で日南市の方と会うことが出来ました。この方はmrt宮崎放送のドキュメントからこの事件に関心を寄せてくださり、黒原さん経由でカレンダーの購入、オークスへの入会、そして、その日の対面に至った方でした。せっかく宮崎まできたので、会ってお礼と感謝の気持ちを伝えることが出来て私としてはとても嬉しい対面でした。今後活動が厳しくなることが予想される中、この方のような人を一人でも増やしていくことが今後の方向になりそうです。  夜は入れ違いに福岡へ面会に行っていて、帰って来たばかりの黒原さんを交えて、被害者家族Mさんといつもの飲み屋(宮崎はほとんどこの店しか行ってません)で章寛さんの近況、Mさんの近況など話し、途中からは、mrtの記者さん、カメラマンさんも交えてにぎやかな会になりました。(もちろんカメラは廻っていませんでしたが、Mさんとこのお二人は中津での集会でそれなりに打ちとけた関係になっていました)  翌日も資料の読み込みをしながら、黒原氏と今後の方針、アメリカ視察の報告等を確認しました。 その中でいくつか決まったこと、確認したことを報告します。   ●恩赦の請願 減刑嘆願書は8月いっぱいまでに、3000筆を目標に集める。 ●再審請求の時期は、先に延ばす。もっと詳細に検討した後に。 ●オークスとしては、地元での学習座談会、さらに出前学習会等地道に積み上げていく ●その積み上げの上で、年に1,2回の大きい集会を企画する。 ●通信を発行し、会員に配布する(通信の内容も検討しました。)  アメリカの死刑制度はかなり近いうちに廃止に向かって動きだしそうだ、とのことでした。  章寛さんの近況については、「今日の章寛さん」コーナーでお伝えします。

■4月11放送、TBSのドキュメントに反響。  4月11日、報道特集での「確定死刑囚の告白」と題された章寛さん事件のドキュメンタリーは、この数年にわたる取材の努力、積み重ねの上に制作されていたこともあって、事件、裁判、被害者、加害者の家族のことなどの本質に迫る作品でした。TBSに反響も多く寄せられているらしく嬉しいことでした。その中から何人かの方から直接オークスにもお問い合わせをいただき、資料(青空)を購入していただいたり、会員登録をいただいたりしました。  ドキュメンタリーとしては、ひとまず完成だそうですが、今後も連絡を取り合って社会への問題提起が出来れば、と思っています。

■3月14日 『罪を償うとは!?』PART2 開催されました。  中津市教育福祉センターに120名程の参加者を集めて、チャリティーバザーあり、歌あり、それから、講演、シンポジウムといった、欲張った企画の集会が行われました。もちろん奥本章寛さん支援の集会ですが、今回は特に裁判員裁判と、死刑制度に焦点を当てた集会になりました。当日は宮崎から被害者遺族Mさんも前回に続いて駆け付けてくれたことが何よりうれしく、終了後の交流会、二次会のカラオケまで付き合ってくれました。(我々が付き合わされた?)  原田正治さんも来てくださり、その原田さんとMさんの面談も実現しました。 詳細は出来るだけ早く、まとめてお伝えしたいと思います。  マスコミもTBS、宮崎放送、それに原田さんのドキュメンタリーを制作中のフリーの映像作家さんもみえて、こちらもにぎやかでした。それぞれ、後日、制作中のドキュメンタリーが放送されるそうです。

■3月13日 『続 青空』が発刊されました。  3月14日の集会に間に合わせようと必死で書き上げました。最終弁論の日が決まったという知らせを受けてから、今年の2月までの章寛さんと支える会の動きをまとめました。前回の『青空』同様、事件の真相や、全体像にせまるには全く不十分なものですが、今出来る精一杯は書いたつもりです。定価500円で販売も始めましたので、どうぞご協力よろしくお願いいたします。 

■2月24日 黒原さんが、亀井静香議員と会見したもようです  内容が伝わってこないのでまだ報告できませんが、建設的な話になっていることを願います。

■同2月24日  3・14 の実行委委員会も行われました  シンポジウムの内容、方向性を詰めていますが、ここのところ『償い』とは?ということで白熱した(かみあってない?)議論が交わされています。当日のシンポ、こう、ご期待です。

■2月23日 被害者家族Mさんに送金  2月はどうしても宮崎まで行けそうにないので、今回は少しですが、お金を送金しました。会って話すことが必要と考えているので、出来るだけ直接渡したかったのですが。もちろん、そのお金はカレンダーの販売等が原資です。電話ではちょくちょく話しています。3月14日にはMさんも来て、一泊していけそうだということです。良く考えたら彼の近況、今の気持ちなどほとんど紹介してきませんでした。そのへんはきちんと了解をもらえたら、これからお伝えしていきます。

■『青空』の続編を書いています  3月14日の集会に冊子の体裁で並べられたら…と奮闘中ですが、間に合うかどうか。発行出来ていたら是非、買って(500円の予定)読んで下さい。

■2月22日 支える会求菩提  第10回学習会を行いました  久々の学習会。参加人数は15名と少なくなりましたが、中身は濃かったと感じました。 TBS報道の魂より、『確定死刑囚の告白』を、DVDで鑑賞してから意見交換を行いました。判決後どうしても意気上がらない支援者、関係者ですが、現状の章寛さんの様子や、心情を伝えることで皆の中にも『まだ終わってない、これからだ』という思いが広がったようでした。  具体的には、恩赦の請求の署名活動や、3・14集会への参加、黒原さんの動きに注目しながらの死刑制度、裁判員制度の学習等が話されました。  矢鳴さんが、『写経をしてるってよく紹介されるけど、その意味についても知らないといけない』と言っていたのが印象的でした。  やはり、行動し続けることでまた少しづつ何かが動いていくようです。

■2月になってから急ピッチで実行委員会を重ねています。  3月14日予定の『罪を償うとは』PART2の実行委員会、正月をはさんでいたので、なかなか進みませんでしたが、黒原さん達の求菩提(まったく今さらですが、くぼて、と読みます)来訪をきっかけにようやくエンジンがかかってきました。講師、ゲスト等決まって、ビラとチケット等が出来上がって来ました。ただ内容はまだ深くつめられていませので、これからです。新たに実行委員会に4人の方が参加してくれて新しい風を吹き込んでくれています。青空の続編も当日までに冊子として届けたい、と奮闘中ですが、こちらは間に合うかどうか、際どそうです。当日はTBS,mrtに加えて原田正治さんのドキュメンタリー映画の取材も入りそうで、自前の分も含め、4台のカメラが回ることになるかもしれません。みなさん、お洒落して来て下さい(笑)

■1月31日の報告  黒原さんとスコットさんご夫婦を迎えて、奥本さん夫婦と支える会メンバー7名もひさびさに顔をそろえました。民宿まんてん星さんのご好意で、夜遅くまで話し合う事が出来ました。裁判の中での疑問点、今後の方針、章寛さんの現在の様子等話すことが多すぎて、日にちが変わってしまいました。合間にステットソンさんが写真をとったり、話に加わって、アメリカ人からみたこの事件、という角度の話もしてくれました。奥様含めとても魅力的な方たちでした。悲しさの中でのとても楽しい夜でした。  翌日は奥本家で月命日のお参り。矢鳴美佳さんの御経に唱和して、その後おばあちゃん交えゆっくりお話をして、それぞれ帰路につきました。

■1月31日 今日ですが、黒原さんとアメリカ人写真家メリル・マイケル・スコットさん夫婦が求菩提に来られます。  1月31日、この事件に強い関心を持っている、宮崎市在住のアメリカ人写真家メリル・マイケル・スコットさんが黒原さんと同行して求菩提に来られます。メリルさんは、中国ヤインドなどの山の中の宗教施設、そこで暮らす人々の写真で有名なプロのカメラマンだそうです。  この報告はまた後日します。

■1月28日 mrt宮崎放送の取材がありました。  1月11日と18日に宮崎でミニ集会があり、黒原さんの講演と併せて支える会の活動も少し話をさせてもらいました。その折宮崎放送が取材に来ていました。宮崎事件を一本のドキュメンタリーにまとめるのだそうです。その場で紹介されたディレクターさんが28日には求菩提に来られ、奥本さん夫婦や、求菩提の風景を取材してくれました。1月31日の夕方の番組の中でも途中経過として放送するそうです。実は宮崎放送さんには以前仕事でお世話になったことがあり、ついでといってはなんですが、私の職場も案内したところ、けっこう喜んでもらえました。  それにしても、宮崎での黒原弁護士とお母上様が地道に活動されているのには頭が下がるおもいでした。 今後恩赦の署名を集めるためにも人々の理解をえておくことと、事件を風化させないことを目的に毎週のように動いておられます。

■1月21日 福岡拘置所に行って来ました。拘置所側から面会許可は出ませんでした。  現在、外部交通者として面会が認められているのは、弁護士2名と親族5名のみです。荒牧についても章寛さんが申請を出してくれていますが、事件後知り合った人間についてはなかなか許可されないのだそうです。そこで、不許可は承知で拘置所まで行って面会を求めてみました。2か所の門はすんなり入れてくれて、面会待合室で渡された札を出して待っていたところ刑務官が現れて、不許可の旨言い渡されました。10分ほどねばって、「どうしたら許可になるのか?」「拘置所長に合わせてもらえないか」等かけあってみましたがもちろんすべて拒否されました。結論的には手紙のやりとりが赦されているのなら、そのことを続けて実績?を積み上げなさいということでした。そういうことであるならば、まずはそれを続けながら、拘置所長に直接手紙でお願いしてみようと思います。(なにしろ、そのことは拘置所長の裁量であるらしいからです。)今のところ、地道にやるしかありません。  そのあと、たんぽぽの会の前田さんに天神まで出てきてもらって、1時間半近く話をさせてもらいました。今後の協力と共闘を確認できました。  家に帰ってみると章寛さんからの長文の手紙が届いていました。内容は『今日の章寛さん』コーナーで紹介しますが、少なくとも私が出した3通は、そのまま章寛さんの手元に届いていることと、彼が書いたものもそのままこちらにとどいているようです。これまで、私以外の手紙7通は名前も告げられず、返却もされず留め置かれているようです。 閑話休題  面会待ちの間にかっこいい、やくざやさんのお兄さんと親しくなり、『青空』をあげました。

■1月18日『報道の魂』にて全国放送   1月18日(正確には1月19日午前1:00)TBS系列の『報道の魂』という番組で、宮崎の事件のドキュメンタリーが、25分に編集されて放送されました。ずっとこの事件の取材を続けてきたニュース23の取材班が編集したものです。この4年半の動きがコンパクトにまとめられ、我々の側の視点に近いもので、とてもよくまとまっています。DVDを送ってもらいましたので、学習会、3月の集会等で紹介、活用させてもらいます。

■1月7日  黒原弁護士が今年最初の面会に  1月8日には ご両親も面会に行きました。  黒原さんからの報告はまだ届いていませんが、ご両親の話は荒牧が遊びに行って,ご馳走してもらいながらゆっくり話を聞いてきました。要約すると、  顔つきはさらにシャープになってきている。相変わらず、にこやかに迎えてくれているが、刑務官の方がすぐ横にいたり、タイマーまであるらしく、まだ慣れてないせいか、宮崎のとき程余裕がない感じだったそうです。寒さが応えるらしいので、厚手のパジャマを差し入れしようか?といったけど、大丈夫、差し入れはいらないと断ったとか。 黒原さんが月に2回来てくれる約束をしたので、少しでもその旅費の足しにしてほしいということで、中で出来る作業の申請をしたそうです。  面会時間が正確に15分しかなく、ご両親も聞きたいことがまだ聞けてないそうです。

■12月14日 オークス会議を行い、カレンダー販売状況確認と2015年3月14日の『罪を償うとは?』パート2(仮称)の開催を決めました。 なかなか時間のとれない、支援者たちですが、なんとかみんなの都合を合わせて日曜日に会議を持ちました。(これからはこの集まりをオークス会議と呼びます)。カレンダーはまずまずの販売状況だということ、(宮崎でも頑張ってくれています。)そして、来年3月15日に、『罪を償うとは?』パート2を実行委員会形式で開催することを決めました。内容についてはこれからですが、広く実行委員を募集し、頑張ってチャリティーも一緒にやろうという大筋は話しあいました。余談ですが、12月22日には、奥本家で押しかけ忘年会をしちゃおうということも決めました。

■12月6日 宮崎での支援に対し、感謝とお礼の集いが開かれました 当日は福岡から奥本君のご両親他4名、計6名で朝6時に求菩提を出発しました。この時期にしてはめずらしく雪が少し積もるなか、寒い寒いと震えながらの出発でした。  宮崎には11時半ころ到着。会場は100名を超える方が出席していて、弁護士事務所の方々も総出で準備からなにから御苦労されていました。  これまでの支援と今日から新たに宮崎でも支える会が結成され、裁判員裁判の廃止、死刑制度の廃止にむけて活動していくことが確認されました。ご両親も挨拶をされ、会の終了後には多くの方が暖かい声をかけてくれていました。 12月7日 宮崎から帰りついてすぐに、今度は求菩提で第9回学習会をもちました。死刑判決が出てしまった、という落胆は隠せないものの今後の活動、特に地元でなければ出来ない支援を中心に話し合われました。 カレンダーも出来上がって早速販売の分担、即売では22冊が売れました。 前回の花の絵に加えて、求菩提の御田植祭や水車の絵などもあって、彼の心情を思い涙する人もいました。

■11月15日 東京、日弁連主催の「死刑廃止を考える日」シンポジウムに参加 日弁連が2008年から毎年死刑廃止を目指して開いているシンポジウムが東京、青山学院大学内でありました。当日は袴田巌さん、秀子さんをお迎えして、主に冤罪という角度からの死刑廃止の動きについて話がありました。後半のシンポジウムでは、無期懲役と死刑の間に終身刑を導入する方向も考えられ、その方向での動きもあるということでした。 シンポジウム終了後、交流会の席にお邪魔させてもらい、奥本君のことや被害者家族との交流のことなど話す機会をいただき、大きな関心と励ましの言葉もいただきました。今後の協力や、死刑廃止へ向けての活動、修復的司法などについても話し合うことができて、とても有意義でした。(荒牧 記)

■11月7日 判決訂正申し立て書の棄却、決定 判決訂正申立書の棄却決定、7日金曜日に当事務所あて送達されました。 奥本くんへも同日、送達されているものと思います。 死刑判決が、法的に確定することになりました。さあ、ここからです。 奥本くんも同じ気持ちです。(黒原弁護士からのメールより)

■11月4日 黒原弁護士面会へ 黒原弁護士が面会に行く予定です。判決訂正の申し立てが却下されている場合、一般の面会が拒絶されることになりますが、もしかしたらその回答が拘置所側からあるかもしれません。

■10月28日 最後になるかもしれない面会へ    事務局の岸本・宮ア・荒牧の三人で面会してきました。  判決訂正の申し立てが却下されるといよいよ刑が確定し、三親等までの親族以外(特別面会人を除く)の面会がかなわなくなるため、どうしても最後に会っておきたいという人たちの中で面会を調整しています。  一日一回3人までという決まりや、今後いつ面会が打ち切られるか(多分、11月上旬まで?)解らないという、こんなところにも不合理さを感じます。夜には被害者家族Yさんともゆっくり飲みながら話をしました。  面会に行った人が口をそろえて言うように、章寛さんはとても元気で、我々の方が励まされました。29日にも荒牧とその奥さん(彼女も今後のためにもどうしても一度会っておきたいということで)、そして弁護士事務所の若手事務員さんが同行しました。両日とも泣いてしまうのではと心配していましたが、章寛さんに励まされ笑顔で前向きにやっていくことを確認しました。

■10月16日最高裁判決傍聴ー上告・棄却・最悪の判決に怒りー  最悪の判決だった。怒っている。結果のことを言っているのではない。あまりにも内容のない、人間性の欠片も感じられない判決だったことを怒っている。「司法の壁」というものを目の当たりにした思いだった。弁護側が、主張した動機の解明、被害者遺族の感情変化、更生の可能性、には一切触れず、一審「裁判員裁判」、二審の裁判が、適正だったのか、否か、それさえ具体的判断を何も示さなかった。「死刑」という究極の刑の判断をすることへの人間としての恐れや、ためらい、被害者、加害者(家族)へのいたわり等何も感じられないことをもって人間性の欠片も感じられないと断言する。今まで、「死刑制度そのものには、反対とも、賛成とも判断できずにいる。」と表現してきたが、今日から死刑制度には「反対」と明言する。死刑では、誰も救われない。                    (荒牧)

■大切な人の命と民主主義  縁あって宮崎家族殺害事件の最高裁判決を傍聴しました。  「〜上告を棄却する。以上」というわずか三分にも満たない裁判長の言葉で閉廷となりました。被告である青年の深い反省をどう考えたのか、被害者遺族の「彼だけが悪いのではない。生命は大切で、それは被告の命も同じ。だから、裁判をやりなおして欲しい」という上申書をどのように審理したのか、6000筆にも及ぶ市民の減刑嘆願書をどう見たのか、いっさい述べることなく「死刑」を宣告したのです。「動機の認定が間違っている」という上告理由を退ける合理的な説明もありませんでした。  この事件は始まって間もない裁判員裁判に付されました。わずか6日間の審理です。多くの人々にとって裁判なんて縁遠く、証言席では極度の緊張で思うように陳述できないというのは当然です。だからこそ、時間をかけて全容を明らかにする必要があるのだと思います。そうでなければ被害者の無念さも癒されません。裁判官は被告と市民にきちんと説明する責任がある!!と抗議したいです。思えばなんと矛盾の多い社会でしょう(中略)  人の命と民主主義を守ることは社会成立の基本です。くやしさと怒りは行動に変えていきたいと決意しています。  (岸本)

■「罪を償うとは」!?〜宮崎一家三人殺害事件から死刑制度を考える〜    シンポジウムを開催  2014年8月30日、中津市教育福祉会館で上記のシンポジウムを開催しました。森達也さんの講演に続き、原田正治さんの話を聴き、シンポジウムには黒原智宏弁護士と矢鳴哲雄さんに加わっていただきました。  200人を超える方の参加をいただき、意味のある時間となりました。  ご参加いただいたみなさんのアンケートを一部紹介させていただきます。  死刑制度については自分自身考えが定まりません。どんな悪人であれ、法の名の下に人を殺すということは国家による殺人ともいえます。しかし、世の中には人の命を何とも考えない輩がいることも事実です。そういう人間は「死刑宣告」を前にして初めて事の重大さに気付き死の恐怖に怯えるのです。その時はじめて被害者の立場に立てるのだと思います。そういう意味では「死刑」も意味があるのではないかと思います。今日のシンポジムは、たいへん有意義でした。考えを深めさせてもらいました。  私も縁しだいで殺人をおかすかもしれない。私も息子が罪を犯すかもしれない。という思いでこの会場にいきました。色々なことを考えます。これからも考えていきます。奥本さんのお母さまの(気持ちを考えると)立っているのがつらいことに涙がとまりません。どうか生きていて下さい。  私自身も死刑制度を深く認識していませんでした。ただいつも事件の影で加害者にも被害者にも家族がいて、その人たちは、事件後どのような生活を送っていらっしゃるのか・・・そちらの心配をしておりました。今日の話を聞いて死刑制度が及ぼす心理的な波紋を考えると、そんな制度はいらないと思います。  今日はいろいろな事を考えさせてもらいました。これも章寛さんのおかげですね。「生きて償える」これが最終処分です。私は剣道をしていてあっくんの大きな後ろ姿を話を聞いて思い出しました。こんな大きな事件をおこして、その前後の彼の気持ちを考えるとかわいそうでなりません。一保護者として生きて欲しいと思っています。




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